劉鳳の特技を考える 〜銀の鈎針〜

劉鳳の趣味と特技が
編物と知恵の輪
であることに驚いた方は多いと聞く。
けれども、私に言わせればそんなの当然である。
真なる絶影の柔らかなる拳「ねじねじ」とみた瞬間すぐに察知した。(編みばりと知恵の輪そっくりじゃないか。)
なんでみんな気がつかなかったのか不思議なくらいである。
そんなこと思うのお前だけだ。
そこでこの講座では、劉鳳の趣味と特技を考えてみたいと思う。
第1回目は編物ネタに迫って見た。
解説は例によって橘あすかである。
なぜ橘かというと、話せば長くなるのでここでは、割愛させていただく。
でも、管理人の趣味といったらそれまでである。


 SS 銀の鈎針   (ぎんのかぎばり)            

劉鳳の特技がレース編みであるということは、ホールド内では割合に有名な事実である。
装甲車や休憩室でレースを編んでいるアルター使いを見かけたら、その男が劉鳳だと思っていい。
180センチの大男がレースを編んでいる姿は相当恐ろしい。けれど手元だけ見ているとそんな違和感は全然ない。
劉鳳は体こそがっしりした大男だが、手首から先はいたって華奢である。このアンバランス加減が大変興味深い。
指先は白魚のごとく細くて長い。神経質そうなかたい爪は、やすりで磨いたようにキチンと短くそろえられていてピカピカである。
僕は劉鳳の隆々とした筋肉を見たときもその首から上とのギャップに目をこすったが、この優美な手に気がついた時の衝撃はそれ以上のものだった。
彼は高貴な家柄の出身だそうだが、この手をみる改めてそれを思い知らされる。
手に生活が出るというけれど、きっと箸より重いものを持ったことない暮らしをしていたんだろうな。(でも、今僕の横で100キロのバーベルを持ち上げていたりもする。)
シェリスも手足は真直ぐ伸びて綺麗だけど、指はこんなんではない。もっと生活感というものが感じられる。むろん僕もそうである。
トレーニングの後、任務のない劉鳳はシェリスとラウンジの椅子に座っていた。
僕がみるかぎり、この二人はいつもいっしょに行動している。
表情のくるくるかわる年よりも幼くみえる顔立ちのシェリスと、すました氷の仮面をつけた老け顔の劉鳳が並んだところはと絵になる。顔とは対照的に大人っぽい豊満な体のシェリスと、これまた顔とは不釣合いな筋肉鎧をしょった劉鳳が歩いているところは、カンヌ映画祭の赤いじゅうたんを歩くムービースターのようである。
二人はコーヒーを飲んでいた。橘もここ座なんなよ、といわれので座ることにする。
カップを持つ二人が真正面に見える。僕は二人の指先を見た。
全然違う。カップの持ちかた一つで、お里が知れるというものだ。
乳白色のデミタスカップの小さな取ってに掛けられたぴりぴりしてそれでいて優雅な美しい指。
ねえ、今何編んでいるの?シェリスが劉鳳に尋ねた。
おもむろに劉鳳は懐から銀の鈎針(かぎばり)を取り出すと、テーブルの上に置かれた真珠色の細いレース糸をわっかにしてそれに掛けた。
いきなり編物をはじめる。
銀の鈎針。
伸ばした人先指の先にレースの糸をかけ、繊細な銀の鈎針と長い指は典雅な動きを見せる。
長い指。
すごーい上手。横から感嘆の声が聞こえる。
一目一目きっちり編む。レース編みの編み目というのは大変小さい、糸が非常に細いから。その小さな目の中に針を落とし救い上げる。また落として救い上げる。その繰り返し。神経が細かい人でないと出来ない作業だ。
何々氏の依頼で応接室で使うドイリーを編んでいると劉鳳は言った。ドイリーというのは何だかわからないが、貴族的な響きをもつ言葉だなぁと思う。
30分ぐらいすると直径7,8センチぐらいの小さな白い円になった。またまだ大きくするの?シェリスが質問した。そうだな、と答える。
その後僕は隊長に頼まれた用事をすませるため席を立ったのだが、こ一時間ほどして戻ってくると、まだレース編みをしている劉鳳がいた。シェリスはもういない。
この人のすごいところは一目をはばからないとこにある。人前でレース編みなんて恥ずかしくないのかな。でも本人は気にしていないんだろうな。あのあとずっとここで編んでいたのだろうか。
さっきよりもだいぶ円は大きくなっている、でも、円が大きくなるにしたがって円周が長くなるのだから、一段編むのに時間がかかるようだ。
「ねえ、劉鳳、あの・・・」
「なんだ?」
「その・・・編物なんて、誰に教わったんです?」
僕は訊いた。
「かあさまだ。」
「…かあさま!」
こういう表現を臆することな直球に帰すところが、劉鳳の劉鳳たるゆえんである。だれもこの男にはかなわない。
背筋を伸ばして、胸元でするすると指を動かすその姿は、ビクトリア朝の上流中産階級のご婦人のようである。でもやっぱり中身はハンドボールなげ100メートルの筋肉馬鹿なのだろう。
「子供のころはリリアン編みが得意だった。」
「…リリアン編み!」
「あとそれから、ビクトリアン刺繍も。」
「…ビクトリアン刺繍!」
この人はいったいどういう子供時代を送ったのだろう。
そのとき向こうからシェリスがぱたぱたと走ってきた。
「あ、劉鳳、あした本土からくる出資者のご令嬢、クーガーが迎えにいくって。あなた迎えに行かなくてもいいって、隊長が…」
「そうか。」
それだけいうと急にレースを片付け出した。
「では、クーガーに明日朝早いが遅刻しないよう、迎えに行くよう伝えてくれ。」
「わかった。」
「俺もそろそろ持ち場へ戻る。」
きらっと冷たい銀の輝きが、立ちあがろうとしている劉鳳の胸元にしまわれるのが最後に見えた。
僕がレース編みをしている劉鳳を見たのはこれが最後である。
その後あの銀の鈎針を持っている長い指を見ることは二度となかった。
ドイリーは出来あがったのだろうかと、今でも僕は心配している。



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